今月はベッドを買い、部屋の中で組み立てて。。。
タダ働き、お疲れさまです。![]()
パソコンの位置は調整させていただきました。
2026年8月期 収支報告
| 今月収支_ | 累計収支_ | |
|---|---|---|
| 通信料(月額) | 1,320円▼ | 62,260円▼ |
| ドメイン登録料 | 0円_ | 1円▼ |
| ドメイン更新料(年額) | 0円_ | 5,800円▼ |
| プラグイン購入 | 0円_ | |
| ソフト購入 | 0円_ | |
| アフィリエイト収入 | (48円▲)0円_ | (600円▲)1,010円▲ |
| 調査費用 | 0円_ | 6,145円▼ |
| 合計 | 1,320円▼ | 73,196円▼ |
今月のアフィリエイト収益は48円でした。いい感じですね。ページビュー数に対するクリック率は21%にもなっています。

アクセス数は以前の状態に戻っています。日本人向けの投稿が少ないためという気はしないでもないです。日本人は遠慮深いのか無反応ですので作る気もしない、感じですね。
コントリビューターさんのみと付き合う毎日を送っています (^_^;。

もう日本はどうでもよい感じですね (^_^)/。
個人的にはオーストラリアからのアクセスがあったのが嬉しい感じです。ベネルクス諸国からのアクセスもありますね。じつはフランスからのアクセスもあるのですが、どちらも同意前に広告表示をしてしまうサイトの検索順位を下げてしまう所なので、伸びは期待できません。オーストラリアに期待したいところですね。
CookieYesはScript Blockerが有料プランなので、広告関連のスクリプトを一時停止する手段がありません。有料プランは安くても月1000円なので、月1000円の広告収入を得ようと考えれば、1万ページビューを稼がないといけない。クリック率は10%ぐらいと言われているので。
遠慮します (^_^;。
Wordfenceがパスキーを導入
素晴らしい。Wordfence9.0にバージョンアップして、パスキーのアナウンスが入るようになりました。アナウンス不足でないところもいいですね。さすが一家に一台、安心のセキュリティープラグインです。これで完全なパスワードレス環境が作れるというものです。
Login SecurityのSettingsに、パスキーの項目が追加されています。『Passkey Roles』です。そこのAdministratorを『Optional(オプション)』に設定します。次にPasskeysのタブをクリックしてパスキーをインストールします。
これはMicrosoftアカウントのパスキーを設定しているところです。ナビに従えば簡単に設定できます。初めて設定するなら、念のため、認証コードはバックアップしておきましょう。ちなみに、このコードとパスキーを紐づけるセットアップコードは違っています。Windowsなら、Windows Helloの顔認証やPIN入力がセットアップコードです。なので、この認証コードを忘れてしまってもパスキーは設定可能です。いつか詰んでしまうかもしれませんが (^_^;。
ログアウトしてログインしなおすと、いつものログイン画面にパスキーの項目が追加されているのが分かります。このままだとID・パスワードにログイン方法とパスキーによるログイン方法の2種類が存在してしまうことになるので、Passkeys(パスキー)のタブにある『Allow username/password authentication』のチェックを外します。これでID・パスワードによるログインを受け付けなくなります(右図)。完全なパスワードレス環境ですね。
パスキーはデバイス毎に設定していかないといけないので、スマホからアクセスするにはスマホにもパスキーを紐づけないといけません。
スマホからダッシュボードにアクセスします。
ああああーーーっ!!
Wordfenceに拒否られてしまった。しかもページがレスポンシブ対応でないので、読みづらい。。。
でも慌てず騒がず、Wordfenceの言うようにEメールを送ると、パスキーのタブに移動することができ、そこから上の方法でパスキーを追加すると、スマホからのアクセスも出来るようになりました。最初から『Allow username/password authentication』のチェックを外さないほうが良いみたいですね (^_^;。
皆さんは、まずスマホやタブレットにパスキーを紐づけてから、このチェックを外すようにしましょう。
このように出来たたら、パスワードレス環境の完成です。
これでブルートフォース攻撃は怖くない (^_^)/。
ただし、この方法では2FAの設定がまだ生きているので、Settingsで『2FA Roles』をDisabled(無効)にしていても良いように思いました。『Passkey Roles』をRequired(必須)にすると2FA Rolesが無効化されますが、『XML-RPC call authentication』も無効化されてしまうので、これを利用しているJetpackのアクセスに不具合が生じる可能性があります。その辺はよく分かりませんでした。『XML-RPC call』はハッカーがよく狙う穴ではあるので、もしJetpackなどを使ったりしないのなら、パスキーをRequired(必須)にすると、よりセキュリティーが向上すると思います。
素晴らしいパスワードレス環境が構築できたので、これはWordfenceのページを書き換えねばと思ったのですが、2FA Rolesとの併存環境がどうなるかよく分からなかったので、ちょっと待つことにします。たぶん2FA画面が現れてくると思うのですが、どうでしょう?
なんらかの方法で『XML-RPC call』のイベントが発生するのなら、2FA Rolesもあったほうが良いことになります。
とりあえず、これだけはしておきましょう。
これをしないと、結構な頻度でログイン画面が出てきてパスワードレスになりません。
MichiroJohn、お墓参りをする
今年もお盆には実家に帰り、両親のお墓参りをしてきました。
今回はヒマが多くなったので (^_^;、お墓を徹底的にお掃除します。
お寺の住職と軽くお話をした後、お墓を磨き上げました。前々から知ってはいたのですが、我が家の家紋を見るのは初めてでした。『丸に三つ柏』ですね(右図)。我が家には江戸時代から続く家系図があるので、この家紋はその時に貰ったものなのでしょう。でも我が一族は武家なんてことはなく、ただの農民だったので、もらえる家紋もありがちなものです。しかも私の家族は元庄屋の分家であり、私は蔵もない家で育ちました。主家は曽祖父の時代で破産したとかなんとか。女遊びでお金を使いすぎたそうです。
なんじゃそりゃ (^_^;。
ロコでも分からない史跡巡り
お墓を掃除していると我が家のことが気になったので、私は一族の痕跡をたどる旅に出ることにしました。ヒマなのです (^_^)/。
この山にはかつて菅原神社があり、つい最近まで存在していました。言い伝えによると、大宰府に流罪となった菅原道真はここで少しだけ休憩を取ったそうで、それだけでこの神社ができました。さすが学問の神様、恐るべきパワーですね。戦国時代、このふもとには私の祖先さまたちが住んでいて、大内討伐にやってきた毛利元就軍の道案内をしたそうです。
なにげに裏切者 (^_^;。
でも近くの城にこもった大内軍の兵は全員が討ち死にしたりしているので、ご先祖様はそうするしかなかったのかもしれません。代表として毛利軍に随行しています。ここまではロコでも知っている話です。
じつは私の父は歴史研究家であり(専門は弥生時代)、郷土史の編纂もしていました。地元民でも知らない逸話や推測を多く持っていました。ここからは推測も交えた我が家の歴史をだどっていきましょう。
私のご先祖様が文献に現れてくるのは鎌倉時代末期(13世紀)、徳政令に反対する人物たちの一人に名前がありました。そこに名を連ねている人たちを見てみると、ほぼ私の親戚筋。波長が合うんですかね。
父いわく「道は土地の有力者に向かって伸びる」—— 上の図は私の主家に向かって一直線に道が伸びている様子です。道は歴史を物語るのです。奥に伸びる道はじつは旧山陽道。
長年にわたり人々が踏み固めて作った道の通りやすさがあります。
父は主家の土地には遺跡があると思い定めて、改築の際には土地を掘り返してみたそうですが、なにも出てきませんでした。この旧山陽道は江戸時代に整備されたもので、菅原道真が通った道とも少し違っていたと思われるので、出てこないのも仕方ないと父は言っていました。父は菅原神社のふもとも掘り返してみましたが、やはり何も出てきませんでした。遺跡を発掘するというのはなかなか骨の折れる作業ですね。
父は自分の通っていた学校が前方後円墳の上に建っていたこともあり(長徳寺山古墳)、独特の勘を持っていました。父いわく、「今、人が住んでいる所は昔の人にとっても住みやすい所。今、人が集まる場所には昔の人も集っている」 —— 私は父の遺跡発掘を手伝ったことがあるのですが、そこからは縄文時代の石斧から室町時代のすり鉢まで出土してきました。父いわく、「この石にはここに加工の痕がある。この削り方は縄文人がしたものだろう。この土器片の刻みは室町人がよく付けるやり方。もうひとつの土器片は弥生式土器のものだろうが小さすぎて資料的な価値がないので捨ててしまう。。。」
父はこの論理で、近くで学校や役所が改築すると聞いてはその土地を掘り返し、各地を荒らしまわってついには地方豪族の住居跡を見つけ出しました。それは役場の下にありました。
すごい人でした。
父の功績は色々あるのですが、なんといっても弥生時代の高地性集落の研究にあると思います。
実家に近いところにあるので行ってみます。
宅地開発中に弥生式土器が見つかり、協議の末、父が発掘を担当することになりました。父がひとつ疑問に思ったのは、ここが河川の湾曲部の内側に当たり、氾濫原でもないのに弥生人はなぜこんな小高い丘の上に住もうとしたのかということでした。『Here』の場所に弥生人の住居跡があったのです。
そこで父は、弥生時代を古代ギリシアの都市国家たちが争っているような世界に想定し、その新説を学会に投げかけました。物凄い議論が巻き起こったそうで、結局ポリス国家同士の抗争のようなものがあったことは証明できませんでしたが、『高地性集落』として今もその考えを残すことが出来ています。『弥生時代=平和な農耕社会』のイメージに疑問符を付けることに成功したのです。父の言うところでは、「渡来人は戦争から避難したり、平和的な移住だけをしていた訳ではなく、現地民との軋轢が絶対にあった。土地に焼けた跡がよくみつかる」とのことでした。結局、父はこれを証明することなく亡くなりました。次世代に期待するところですかね。
普段の父親は、なかなかのクセ者だった記憶があります。
学校の教師をしながら、ずっと自身の研究を続けていました。家庭はあまり省みませんでした。エジソンのような感じですかね。クセ者にしか分からない風景がそこにはあったのだと思います。母親はそんな父をずっと支え続け、一緒に亡くなっています。
私もそのような人生を歩みたいとは思っています。
おしまい
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